新鮮で、美味しく、安全に。地域に根ざした食材ネットワーク

沿革

旧山陰冷食は、母体となる山陰酸素工業の液体窒素の冷熱を利用する冷凍技術を利用し、日本海の恵みを材料とした冷凍食品・加工食品を製造する部門として事業化しました。
昭和47年の春、本社を鳥取県米子市博労町に設立。翌年には松江市に松江営業所を、安来市に安来営業所を開設。昭和52年には出雲営業所を開設し、食品事業の第一歩を踏み出したのです。

従業員30名からスタートした会社は、平成4年には従業員300名を有する、地域でも有数の企業にかたちを変えました。そして企業自体も食品産業のめまぐるしい変動の中においてグループ化をはかり、本社を現在の米子市旗ヶ崎に移転、同市内に大型冷凍庫を完備した米子営業所を開設しました。平成7年には株式会社クメザワと合併し、「株式会社さんれいフーズ」として開発力・技術力・エリアとも地域一の規模となり、平成14年には年商200億円を突破する企業に生まれ変わりました。


株式会社さんれいフーズは、これからも地域に貢献できる先見性と積極性のある会社として、
新たな歴史をつくり出していきます。


年/月 社内の出来事 食品業界の出来事 世相・社会
1970年
(昭和45年)
・大阪万博開催 冷凍食品が力を発揮、ファミリーレストラン等外食事業展開の契機に日本酸素(株)が「(株)フレック」を設立 ・日航機よど号事件
・三島由紀夫割腹自殺
・GNP世界第2位に
1971年
(昭和46年)
・冷凍食品取扱基準検討専門委員会が基準案を策定、「関連産業協力委」でさらに検討
・「関連産業協力会」で冷食基準決定、昭和49年までマイナス10℃以下、50年以降マイナス18℃以下に
・カップヌードル発売
・マクドナルド1号店
・ドルショック(ニクソンショック)
1972年4月
(昭和47年)
1期 山陰酸素工業(株)の液体窒素冷凍部門(開発課)が独立し、米子市博労町にて、株式会社 山陰冷食 設立。 (資本金200万円 4月1日)従業員数7名 ・FF、FRの冷食活用急激に増える
・冷食工場、CKの建設が相次ぐ
・問屋は冷凍庫を設備増強
・日本列島改造論
・札幌冬季五輪
・日中国交正常化
・沖縄返還
・浅間山荘事件
・カレーライス200円
1973年1月
(昭和48年)
松江営業所開設 ・厚生省が冷食の規制強化、保存温度はマイナス15℃以下に ・第1次オイルショック
・狂乱物価
・第4次中東戦争
・円変動相場制
・巨人V9達成
1973年3月
(昭和48年)
第1期年商5200万円
1973年10月
(昭和48年)
2期 安来工場を建設、調理冷凍食品製造開始
資本金600万円に増資。
1974年8月
(昭和49年)
3期 安来工場が日本冷凍食品協会の認定を受ける ・東京都江東区豊洲にセブンイレブン1号店開店 ・田中首相金脈問題
・ルバング島で小野田少尉救出
・戦後初のマイナス経済成長
1975年6月
(昭和50年)
4期 米子市祇園町に精肉店(細田店)を新設 ・外食産業規模8.6兆円に ・エリザベス女王来日
・沖縄海洋博覧会
1976年3月
(昭和51年)
単年度決算にて黒字計上 ・文部省が米飯給食導入決定
・「ほっかほっか亭」1号店オープン
・5つ子誕生
・植村直己北極圏単独走破
1976年4月
(昭和51年)
5期 有力社員多数採用
1976年5月
(昭和51年)
安来工場に事務所及び研修室を設置
1977年3月
(昭和52年)
第5期年商5億6千5百万円 社員数53名になる ・原料高騰でえびフライの値上げ相次ぐ ・王貞治756号世界記録
・漁業水域200海里実施
1977年4月
(昭和52年)
6期 安来に700t冷凍庫建設(安来CS)
1977年6月
(昭和52年)
サンレイ友の会発足
1977年7月
(昭和52年)
資本金1,500万円に増資
1977年8月
(昭和52年)
出雲営業所開設
1977年9月
(昭和52年)
コンピュータ導入(IBM)
1977年10月
(昭和52年)
月商1億円達成
1978年10月
(昭和53年)
7期 本社及び米子営業所を米子市旗ヶ崎に移転 ・円高進行で輸入凍菜注目、「1ドル210円が分岐点」
・冷食問屋でオフィスコンピュータの導入進む
・成田空港開港
・日中平和条約
1978年11月
(昭和53年)
有限会社山陰食材センター設立
1979年6月
(昭和54年)
8期 北陽中食合併、乾物販売開始
1979年7月
(昭和54年)
第1回総合食品展示会開催(米子プラザ)
1979年8月
(昭和54年)
やびき商店合併し大山地区営業開始
1980年7月
(昭和55年)
9期 コンピュータ本格稼動(日立) ・「ポカリスエット」が発売、スポーツドリンクがブームになる
・電力料の大幅値上げで冷食も値上げ相次ぐ、スーパーでは冷凍ケース削減、売場縮小も議論に
・日本車生産台数世界一(1100万台)
・イラン・イラク戦争
・初の衆参同一地方選挙
1980年10月
(昭和55年)
資本金3,000万円に増資
1981年4月
(昭和56年)
10期 本社及び米子営業所拡張 ・耐熱紙トレーを使ったレンジ冷食登場、第一弾はインペリアルキッチンのグラタン
・農水省調査で消費者は夕食の餃子、焼売は冷食を活用したいという意向明らかに  
・東京築地市場が衛生問題クリアを機に冷食扱い許可、7月20日販売開始、冷食展も
・中国残留孤児初来日
・スペースシャトル打ち上げ
・神戸ポートピア開催
1981年5月
(昭和56年)
(株)センブンアローフーズ(SAF)設立
1982年3月
(昭和57年)
第10期年商21億8千6百万円 社員数64名に ・冷食市場過去10年間で3倍に拡大 ・商業捕鯨全面禁止
・フォークランド紛争
・ホテルニュージャパン火災
・日航機羽田沖墜落
1982年3月
(昭和57年)
11期 第1次5ヵ年計画策定
1983年7月
(昭和58年)
12期 安来工場増築 ・東京ディズニーランド開園
・大韓航空機撃墜事件
・「おしん」ブーム
1983年8月
(昭和58年)
(有)山陰食材センター閉鎖
1984年7月
(昭和59年)
13期 安来CS500t冷蔵庫増設 ・グリコ・森永事件
・新1万円・5千円・千円札発行
1985年8月
(昭和60年)
14期 安来工場事務所建設 ・「激辛」が流行する ・プラザ合意
・阪神タイガース優勝
・青函トンネル貫通
・日航ジャンボ機御巣鷹山墜落
・NTT、JT発足
1986年9月
(昭和61年)
15期 運輸事業開始(丸錦運輸株式取得、現サンレイ運輸) ・円高で輸入事業急増
・1世帯の年間外食費15万円をこえる ・外食産業規模20兆円突破
・チェルノブイリ原発事故
・三原山大噴火
1987年3月
(昭和62年)
年商50億円達成 社員数150人に ・国際化する冷食業界。海外生産拠点作りが具体化する。 ・JR発足
・ブラックマンデー
・NTT株上場初値160万円
1987年4月
(昭和62年)
16期 東京事務所開設
1987年5月
(昭和62年)
第2次5ヵ年計画策定
1987年6月
(昭和62年)
韓国取引開始
1987年10月
(昭和62年)
生産部門を分離して、株式会社さんれい製造設立
1988年6月
(昭和63年)
17期 出雲営業所を出雲市長浜町に新築移転 ・青函トンネル・瀬戸大橋開通
・「東京ドーム」開場
1988年8月
(昭和63年)
さんれい境港工場建設
1988年9月
(昭和63年)
コーヒー事業開始(エムコーヒー取得)
1988年11月
(昭和63年)
さんれい安来第2工場建設
1989年7月
(平成元年)
18期 米子営業所新築移転 ・昭和天皇崩御
・ベルリンの壁崩壊
・中国天安門事件
1989年8月
(平成元年)
従業員持株会発足
1989年10月
(平成元年)
資本金6,750万円に増資
1990年5月
(平成2年)
19期 資本金8,050万円に増資 (初の時価発行増資) ・ゴルバチョフ氏ソ連初代大統領に
・統一ドイツ誕生
・多国籍軍
1991年3月
(平成3年)
中国との取引開始 ・冷凍焼きおにぎりがヒット
・すり身価格高騰
・外食産業規模27兆円
・牛肉オレンジ輸入自由化
・ソ連邦分裂
・湾岸戦争勃発
・バブル崩壊
1991年4月
(平成3年)
20期 関西事務所開設
1991年10月
(平成3年)
資本金9,600万円に増資。
松江営業所を松江市矢田町に新築移転
関西事務所開設
1992年1月
(平成4年)
(有)サンレイ運輸商号変更 ・ソ連邦崩壊、ロシア共和国成立
・新幹線のぞみデビュー
1993年3月
(平成5年)
21期 年商100億円達成(社員数134人) ・米の不作で、タイ米が緊急輸入される ・電子レンジ普及率81.3%
・皇太子・雅子様ご成婚
1993年6月
(平成5年)
22期 初の外国人(中国人)採用
1993年7月
(平成5年)
パソコンLANシステム導入
1993年8月
(平成5年)
第3次5ヵ年計画策定(P98)
1993年10月
(平成5年)
サンレイ運輸が株式会社となる
1994年10月
(平成6年)
23期 鳥取の(株)クメザワと合併契約 ・PL法成立
・東京外為市場で1ドル99円50銭、2ケタ台突入
1995年4月
(平成7年)
24期 旧株式会社山陰冷食と旧株式会社クメザワは合併し、株式会社さんれいフーズとなる。 ・新食糧法が施行され、米の生産、流通、販売が原則自由となる
・食品日付表示、製造年月日から期限表示実施
農水省、調理冷凍食品についてHACCPマニュアル作成
・阪神大震災
・円急騰1ドル79円
・地下鉄サリン事件
1995年8月
(平成7年)
東部営業部にパソコンLANシステム導入
1995年10月
(平成7年)
資本金1億6百万円に増資
1995年11月
(平成7年)
酸友会ビッグジャンボリー開催(ホテル一畑)
1996年5月
(平成8年)
25期 安来さんれい製造本社建設 ・英国狂牛病騒動
・O-157
1996年6月
(平成8年)
米販売取扱開始
1997年3月
(平成9年)
26期 年商150億円達成(従業員203人) ・ミールソリューション(MS)、ホームミールリプレイスメント(HMR)広がる ・香港返還
・消費税5%
・山一證券破綻
1997年7月
(平成9年)
満25周年記念事業として、海外研修旅行及び記念メダル贈呈
1997年8月
(平成9年)
大阪事務所移転
1998年5月
(平成10年)
27期 FAZ倉庫稼動開始(サンレイ運輸) ・日本長期信用銀行破綻、国営化に
1998年8月
(平成10年)
課長職以上にパソコン配布、社内メール開始
1998年12月
(平成10年)
売上単月20億円突破
1999年1月
(平成11年)
(株)島水の商事部門の営業権譲渡契約調印 ・東海村でJCO臨界事故
・パナマ運河返還、マカオ返還
1999年2月
(平成11年)
島根さんれい設立
1999年4月
(平成11年)
28期 島根さんれい株式会社営業開始
1999年6月
(平成11年)
執行役員制度導入
1999年9月
(平成11年)
さんれい製造、境港魚市場仲買権取得
さんれい製造境港新工場竣工
1999年10月
(平成11年)
島水資産取得
2000年4月
(平成12年)
29期 日中友好合作満10周年式典開催(ホテル一畑) ・2000年問題
・雪印乳業事件
・ユーロ始動
・日産ルノー資本提携
・10月6日鳥取県西部地震
2000年11月
(平成12年)
酸友会ビッグジャンボリー2000(会場:松江くにびきメッセ)テーマ「21世紀 夢を実現しよう!」開催 ・同時多発テロ
・タリバン総攻撃
・デフレ
2001年2月
(平成13年)
ISO14001取得(本社・第1事業本部)
2001年3月
(平成13年)
01-05計画発表
2001年7月
(平成13年)
30期 米子酒販株式取得
2002年3月
(平成14年)
第2事業本部ISO14001取得
年商200億円達成 社員数234名
・狂牛病BSE
・雪印食品事件
2002年4月
(平成14年)
31期 創立満30周年記念式典開催(国際ホテル)
2003年2月
(平成15年)
本社及び米子営業所新社屋竣工移転
2004年4月
(平成16年)
33期 広域販売及び海外原料取引部門を(株)さんれい製造に移管し、製販一体の新体制スタート
2005年11月
(平成17年)
34期 酸友会ビッグジャンボリー2005(米子産業体育館)テーマ「結(つなぐ)」開催 ・JR福知山線脱線事故
2006年4月
(平成18年)
35期 「06-08中期計画」発表
2007年2月
(平成19年)
鳥取市に(株)マルテSFを設立。(株)マルテ及び(株)マルテフードビジネスより惣菜・仕出事業を譲り受け事業開始。 ・不二家、ミートホープ、船場吉兆などで食品偽装事件が相次ぎ発生
2007年6月
(平成19年)
36期 マルテSF本社工場新設竣工
2007年11月
(平成19年)
マルテSFたい焼き事業「たい夢1号店」開店(南吉方)
2008年6月
(平成20年)
37期 グループ法務アドバイザー契約締結
コンプライアンス監査実施
・中国製冷凍ギョーザ中毒事件発覚
・三笠フーズの「事故米」食用転売発覚
・リーマンブラザーズ破綻
・アメリカ合衆国大統領にオバマ候補当選
2009年9月
(平成21年)
38期 島根さんれい萩営業所新築移転 ・衆議院議員選挙で自民党大敗、鳩山民主党政権発足
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